【実に恐ろしきは1】





「春哉さん、おはようございます。今日もいい天気ですねェ」
 毎朝定番の光景が今日も繰り返されている。二人分の洗濯物を干す市瀬春哉の元に足繁く通うのは、南町奉行所筆頭同心・里村賢悟だった。
「賢悟さんはいつもお早いですね。数馬さんにも少し見習ってもらいたいくらいですよ」


 数馬というのは春哉と共にこの長屋に住む、賢悟の幼馴染でもある浪人・真木数馬のことである。
 親の代からの浪人とはいえ、最近は腰に刀もささず、一見して遊び人風の町人のような雰囲気を醸しだしている彼は、非常に腕がたつことから、自分の学び舎であった小さな剣術道場で師範代をつとめさせてもらい、本来は出ない給金を師匠の厚意でわずかながら頂いている身である。
 しかし独特の信念があるらしく普段から真剣を腰に差さないため、剣術よりも体術に優れているのではないかという人もいる。


 春哉は、数馬の恋人である。かつては花街でも有名な売れっ子の陰間であったが、ある事件をきっかけに数馬と急接近し、以後数馬と共にこの長屋で慎ましい生活を営んでいる。
 賢悟は数馬の幼馴染であるが、彼もその事件に協力し、春哉の存在を知った。その後しばらく春哉との接点はなかったが数ヶ月前に再会し、今では毎朝のようにこの長屋に顔を出すようになった。それも決まって数馬が家を出た後に。
 賢悟は洗濯物を干す春哉の姿をじっくりと眺めていた。白いうなじの辺りで軽く結ばれた黒絹のような長い髪が陽の光の反射を受けて緑色に輝いている。たすきがけした袖からは白い腕が忙しげに動いているが、その白さは女性のもののようで、賢悟の目をひときわ引きつけていた。
「あの、賢悟さん?」
 観察されていた側の春哉が怪訝な顔で賢悟を見ていることに気付くと、賢悟は我にかえり、いそいそと探索に戻ろうとした。
「それでは春哉さん、また明日来ます。あ、戸締りはしっかりなさって下さいよ」
「かしこまりました。お勤め、頑張って下さいませ」
 ぺこりと頭を下げた春哉に背を向けた賢悟の頬は緩みっぱなしであった。彼とすれ違った町人達はその変貌ぶりに、こぞって首をかしげていた。



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